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2008年05月 アーカイブ

2008年05月01日

ワーナー・ブラザーズ

有名な映画会社ですね!

ワーナー・ブラザーズ(Warner Bros. Entertainment, Inc.、略称 Warner Bros.)は、アメリカ・ハリウッドの映画会社・映画スタジオのひとつで、タイム・ワーナーの子会社でもある。本社をカリフォルニア州バーバンクに置いている。

映画スタジオのワーナー・ブラザーズ・スタジオ(Warner Bros. Studios)、映画制作会社ワーナー・ブラザーズ・ピクチャーズ(Warner Bros. Pictures)、テレビ番組制作会社ワーナー・ブラザーズ・テレビジョン(Warner Bros. Television)、アニメーション製作会社ワーナー・ブラザーズ・アニメーション(Warner Bros. Animation)、ワーナー・ホーム・ビデオ(Warner Home Video)、アメリカン・コミックス出版社のDCコミック、2006年にCBSとともに立ち上げたテレビの全国ネットワーク・CWテレビジョンネットワーク(The CW Television Network)を所有する。

日本法人はワーナー・エンターテイメント・ジャパン株式会社(Warner Entertainment Japan, Inc.、東京都港区西新橋1丁目2番9号日比谷セントラルビル)。同社は「ブラザーズ」ではなく「ブラザース」と表記している。

創業期
ハリー、アルバート、サム、ジャックのワーナー4兄弟はポーランドからのユダヤ系移民労働者であった。19世紀末に両親とともにカナダのオンタリオ州ロンドンに移住し、全部で8人の兄弟姉妹が貧困の中で父の経営する靴修理屋を手伝いながら生活していた。

兄弟はそれぞれの趣味と才能を伸ばし、長兄ハリーは店を拡大、ジャックは歌手として修行に励み、サムは職業を転々とするが、20世紀初頭の映画の創生時、ハリーはその魅力に取り憑かれて映写技師となった。彼は1903年に兄弟と興行会社を組み、ジャックのパフォーマンス付きで映画興行業を開始、オハイオ州やペンシルバニア州の鉱山町を巡業した。同1903年にはペンシルバニア州ニューキャッスルに劇場をオープン、その後1904年、ピッツバーグで配給会社を設立しエクスチェンジ業(→スタジオ・システム)に進出して収益を上げるものの、トラスト(MPPC)の圧力によって配給網を絶たれ、一度は業界から手を引く。

しかし映画製作の夢を捨てきれなかったサムは、再び兄弟を説得して1918年にハリウッドに映画スタジオを構え、ハリーたちはニューヨークで資金調達や配給を行った。1923年、ワーナー兄弟はワーナー・ブラザーズ・ピクチャーズを会社登記する。

映画製作の最初の一歩は、脚本家アヴェリー・ホップウッド(Avery Hopwood)の1919年のブロードウェイ演劇『ゴールド・ディガーズ(The Gold Diggers)』の権利購入であったが、会社成長のきっかけは第一次世界大戦後にある兵隊がフランスから連れ帰った一匹の犬リン・チン・チン(Rin Tin Tin)であった。この犬を主人公にした映画「名犬リンチンチン」シリーズは1924年以降26本作られ、ワーナー・ブラザーズをハリウッド有数のスタジオへと押し上げた。

これらの成功によりウォール街からの投資を受けるようになり、1924年にはゴールドマン・サックスから巨額の融資を得た。この資金で、1897年以来の歴史を持つハリウッドの先発スタジオで全国規模の配給網も所有していたヴァイタグラフ(Vitagraph Company)を1925年に買収、さらにラジオ放送にも進出し、ロサンゼルスのKFWBをはじめいくつかの都市に放送局を誕生させた。また映画業界を荒れ狂っていた劇場建設・買収の競争にも参入した。
(以上、ウィキペディアより引用)

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2008年05月05日

火打ち石

意外と知らない真実。
このようなことが起こっていたようです。

日本の時代劇の一シーンで火打ち石を打つのをよくみかけるが、これは鳶職や左官など屋外で危険な職業に就く者の災難厄除けのために行ったものであるといわれる。すなわち、古来からの火が清浄なものとする考え方から、火打石で火花を起こすことを切火(きりび)を切るともいい、身を清めるまじないや、火が魔除けになるという信仰的な(お祓い)としての意味である。ただし、樋口清之(國學院大學名誉教授)は、切り火の習慣が定着したのは明治時代に入りマッチの普及で需要が落ち始めた火打石業者が宣伝用に外出時の切り火を考え出したもので、時代考証上から見て岡っ引きの切り火は不自然だとしている。一方、全国各地の鳶職や花柳界では、切り火が頻繁に行われていたこともあり江戸期まで遡れるとする説もある。


フリント(発火石)
ライター用の発火石は、1906年、オーストリアのカール・ヴェルスバッハ(Carl Auer von Welsbach)によって発明された。マグネシウムとセリウムの合金である。これをこすると合金がけずれる。マグネシウムは発火しやすい性質があり、強くこするとけずれた発火石の破片が摩擦熱で発火する。この種火は一瞬で燃え尽きてしまうので、燃え尽きる前にガソリンなどに引火させることにより、ライターとして使用する


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